★★★ 英語オロオロレベル爺の多国籍ツアー初参加の記録(2011年冬:35日間)
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2010年NHKのハイビジョン放送で「南米大陸一周165日の旅」という番組を5夜連続で放送していた。さっそく、バスのボディに記載されてあったKUMUKA社のツアーをインターネットで調べてみた。その中から、アジアツアー(タイ、ラオス、ベトナム、カンボジアを周遊する35日間)を発見。

ただ、年齢が18-65歳となっているのが、気になり(現68歳の老爺ゆえ)大丈夫かどうかつたない英語で問い合わせている内に、何となく行くことになってしまった。
ツアー予約、カードによる払い込みを済ませる。その後は、メール添付画像としてバウチャーが送られてきただけ、ツアー内容の詳細はHP参照とのこと。プリンタで印刷したバウチャー1枚を持ってバンコクに飛ぶ。 タイのバンコク発着35日間のツアー(2011年1月9日~2月12日)
(購入した航空券は1月6日成田発、2月21日成田着)
出発までの3日間とツアー終了後の1週間のバンコク滞在は、以前ホストファミリーとしてお世話したミント宅に泊まる予定。今、彼女はバンコクとその近郊の街で日本語教師として働いている。
1 用意した通貨
タイ(バーツ):空港で2万円両替
ラオス(キープ):タイのバーツで通じる。お釣りはバーツで返してくれるが、たまに、ラオス通貨キープで返ってくることもある。
ベトナム(ドン):米ドル(手持ちの約100ドル)使用。お釣りは大抵ドン
カンボジア(リエル):ベトナム同様、米ドルが通じる。お釣りは大抵米ドル
2 ツアーリーダーについて
前述したようにツアー催行社から送られてきた資料はバウチャー1枚のみ。
ツアーの集合時間、場所はHPで確認できるが、ツアーリーダに関しては、名前、顔写真等情報なし。出発前に問い合わせれば、教えてくれたかもしれないが。これ私の情報収集能力が非力ってことか
ツアーリーダーは訪問国に応じて、引き継ぎ交代。タイ、ラオス担当のリーダーA氏、ベトナムのリーダーL氏、カンボジアのR氏の3名。説明はすべて英語だが、現地訛りが強く、特にカンボジア担当のR氏の英語はほとんど聞き取れなかった。
各リーダーに加えて、さらに現地案内者が付くこともある。タイのトレッキングでP氏、ラオスのビエンチャンでD氏など。
3 ツアーメンバーについて
ツアーメンバーはバンコク出発時の人数は15名でタイ、ラオスをまわり、10名はここで帰国。残り5名がラオスのビエンチャンからからベトナムのハノイに飛行機で移動。
ハノイで新たに9人が加わり14名でベトナムを南下しながら、ホーチミンまで。
ここからカンボジアのプノンペンへは陸路のバス移動。この時点でメンバーは11名に減少したが、プノンペンで新たに2名が加わり、13名でカンボジアのアンコールワット観光。
カンボジアからタイのバンコクへの移動はメンバー4名。
最終目的地のバンコクまでずーっとツアーを継続したのは私とアイルランド人の若い女性二人だけだった。
タイ、ラオス周遊のメンバーは老夫人2名、老夫婦が一組、残りは若い女性で非常に活気があったし、旅内容もアクティブで面白かった。
ハノイからは老夫婦3組で、平均年齢もぐっと上がった上、ツアー内容も博物館見学が主となり、興味が半減した。
アンコールワットは巨大彫刻文化に圧倒されたが、自分の旅の興味とはちょっとちがうと感じた。
4 食事について
朝食はすべてツアー料金に含まれている。昼、夜食はトレッキングなどレストランがないような場所では提供されるが、それ以外はほぼ自分持ち。案内されるレストランはそれなりのレベルなので、屋台や大衆食堂の値段に比べて4〜5倍になる。
ツアー移動中では、一人抜け出して食べるというのは難しい。ホテルに戻ってからの夕食は、一人で現地の屋台や大衆食堂を利用した。ほとんどのツアーメンバーはツアーリーダーの案内で街に出かけてそれなりのレストランで食事をしていたようだ。
ラオス、ベトナムではフランスパンにソーセージを挟んだサンドイッチが屋台で売られている。これが美味しい、いつでも食べられるので移動時の食事としても重宝した。
旅本ではベトナムのフォーが美味しいと記されているが、たいていぬるくて(熱々でなくて)味もいまいちであった。
5 出入国手続き、ビザについて
タイからラオスへの入国はツアーリーダーがいてそれなりにケアをしてくれたが、その他の出入国手続きでは国境でツアーリーダーが代るため、ツアーメンバーによる自力通過が原則。
ラオス出国ベトナム入国は飛行機の移動なので特に問題はなかったが、ベトナムからカンボジアへの入国ではすでにビザを取得しているメンバーと、ここで取得するメンバーがいて、1時間以上足止めされた。(日本で取得するより現地でとった方が安いことを知った)。
さらにパスポートチェックは個々人ではなくツアー団体ごとに行われることが分かるまで時間がかかった。パスポートチェック後、次のツアーリーダーに巡り合うまでも暑い中、荷物を持ってあっちこっち歩かされたりもした。
まあ、最終的にはツアーメンバーが大声でわめいてくれる。中には英語を話せる係員が必ずいるので助けてくれる。私はその後をしずしずとついていくだけ。日本語で叫んでもこうはいかないと思いながら。ちなみに、今回のツアーでは、カンボジアのみビザ要。
6 年齢制限ってどういうこと
少数民族部落を訪ねるトレッキングは数百メートルの山越え、2〜3時間のコース。しかし、超肥満女性1人のために、その倍以上の時間、懐中電灯を灯しての歩行になってしまった。ちょっとした登りになると極端にペースが落ちる。こんなヨタヨタ歩きのご婦人が参加するなんて驚いた。
というより、ツアー会社はこのレベルの人でも受け入れるんだね。年齢制限に対する私の心配は杞憂であった。
ツアーリーダーはちょっとした階段や坂では、彼女につきっきりで手を貸していたし、私も荷物運びを手伝ったりしたけど、それに対して残念ながら感謝の一言もなかった。
それぐらいのサービスは当然という態度が見え見えで少し不愉快ではあった。彼らにとって、アジア人はサーバントという意識なのかも知れない。
7 筏で川下り
急流で岩にぶつかって傾き、ずり落ち、全員半ずぶ濡れ状態。お互い必死に手を伸ばして全員岩の上に避難。再度体勢を立て直して出発。若い船頭さんだったので、未熟とも思ったが、いーや、わざと傾けたのかも。救命胴衣をつけているので大丈夫ってか。
そういえば、どうして狭い流れの方に行くんだろうと思った。でも、子供に帰って、楽しませてもらいました。
8 べトナム人は強い
ベトナムの観光地での絵はがきやアクセサリなどの売り込みの激しさには驚いた。黙って歩いていても品物を押し付けられて困っている観光客もいる。タイ、ラオスの人々の穏やかさに慣れていたので、みんなびっくり。ベトナム戦争に勝利したDNAかも。
9 地図
当地のホテルなどで貰う地図は特徴的な建物の表示などは分かりやすく表示されているが、距離に関してはアバウトなものが多い。ホーチミン駅探しで迷い、結局タクシーでホテルに戻った。
再度、日本語旅本の地図を頼って挑戦。今度はすぐに駅を見つけることができた。日本のガイドブックの地図は距離も正確で見やすい。
10 旧正月の獅子舞
ホーチミンで旧正月を迎えた。中国風楽曲を大音響で奏でながら、獅子舞の一団が大型バスでやってきた。路肩に車を止めたかと思うとバイク、車がひっきりなしに通る大きな通りを楽団員数十人が、太鼓だの、長い丸太だの、演武道具一式を持って横断。路地に入っていった。
後を追いかけたが、狭い路地で現地の人が沢山出てきて、それ以上先に進むのを躊躇した。残念。
11 怪我
レンガ焼き窯を見学。外に出る時に、入り口に額をぶつけて損傷。今まで無傷、事故なく過ごしてきたのに。ツアーも終わりに近づいての怪我。緊張感の欠如につきる。ハンセー。
12 アンコールワット遺跡について
アンコールワット見学3日間有効チケットは顔写真付で発行される。
巨大な石が天まで届けとばかりに高く高く積み上げられている。狭い入口と狭い部屋、急峻な階段。当時の権力者の勢いがこれを作らせた。
これを作るために働いた、当時の一般大衆はどんな家に住んでいたのだろう。遺跡の巨大さに圧倒されながら、その落差に心が痛む。
この遺跡保存のための作業が所々で行われているのを見た。しかし、長年放置されていたため、その損傷は激しい。木の根が建造物に絡みついていたり、巨石を押し倒していたり、また、建物そのものが崩れ落ちている。遺跡が巨大な石で造られていることからも分かるように、その復旧にも多くの労力と時間がかかっていて、ほんの一部の作業しか行われておらず、遺跡が崩れるスピードの方が早いのではないかと思った。
この遺跡が一部壊れたとしてもこの巨大な遺跡群が消えるわけではない。そのまま危険除去の工事にとどめ、修復などやめてもいいのではないかとさえ思った。巨石が修復作業をより困難なものにしている。
13 肥満体
我々のツアーメンバーもそうだが、観光地で見る西洋人観光客のほとんどが肥満体でヨタヨタ歩き。スリムな現地人に交じって、よく目立つ。
14 白ペンキ
ベトナムの博物館などにある樹木の根元(1,2m高)を白く塗るのはどうしてだろう。これ昔の駐留アメリカ軍の影響ではないかと思う。大学時代に米軍使用建物はもちろん、石垣まで白ペンキで塗っていたのを見て驚いた覚えがある。
15 カンボジア工芸品工場見学
石のレリーフ彫刻、木彫など粉塵が舞い上がる劣悪環境での作業にちょっと引いてしまった。素朴なノミで原形を掘り出し、やすりで仕上げていた。
私も仏像彫刻(木彫)をやっているので作り方に興味がある。いろいろな彫刻刀を使う木彫の技法とは全く違う。
16 仏像
バンコク、ラオス、ベトナムの寺院の見学でいろいろな仏像を見てきたが、笑っていたり、怒っていたり、鼻が高かったり、低かったり、とにかく庶民的というか人間臭い顔立ちである。崇高な近寄りがたい日本の仏像の顔とは全く異なる。同じ仏教だが。
ーーー日記ーーー
1日目:1月9日(日)バンコク
ツアーの予約確認書をホテルのフロントに示すと、部屋はちゃんと用意されていた。まずは一安心。相部屋の申し込みだが、人数の関係か一人で使用。ラッキー。
午後6時、ホテルロビーに降りる。それらしき資料を持って人待ち顔の人物を探す。
参加者14名、私以外、みな英語圏。カナダ、オーストラリア、イギリスなど、なぜか米国人はいなかった。ツアーの概要説明は当然英語ゆえ、ほぼちんぷんかんぷんだが、まあ何とかなるじゃろー精神。
夕食は全員タクシーでカオサンへ繰り出す。帰りもタクシーにて帰着(割り勘)。タクシーなんか使いたくないけど、団体行動だから仕方ない。
2日目:1月10日(月)バンコク
ツアーはすべて朝食付。水上バスにて王宮前で下船。王宮見学。説明が長くてわかんなくて、つまんない。ただ、集合場所、時間だけは聞き逃さないように。
でかい涅槃大仏見学。昼食はバイキングだったが、食欲なしなので、ちょっと損した気分。水上バスでホテルに戻る。
3日目:1月11日(火)カンチャナブリ
バス2台に分乗してカンチャナブリへ。ココナツシュガーの店、木彫りの店、舟に乗って水上マーケットに乗り込む。なかなか面白い。
次に、クワイ川鉄橋訪問。鉄橋は列車通過時間を避ければ、歩いてわたることができる。
カンチャナブリのホテルはでかかった。ホテルに入って、夕食は今朝確保したホテルのパンで済ませる。ツアーメンバーはリーダーと一緒にタクシーで街に出かけたようだ。
4日目:1月12日(水)バンコク→アユタヤ
このホテル、数棟に分かれて、同じような建物が林立。朝食時、あたりをウロウロ、十数分の無駄散歩、いや準備運動代わり。立派なプールもあったが、泳ぐ時間は全くなく、残念。
ヘルファイア博物館見学、そしてアユタヤへ。昼食は途中の大衆レストランにて格安20Bのヌードル。
アユタヤ市内は自転車で市内観光。その後、ツクツクに分乗して夕食は優雅に舟の上。
アユタヤ駅、真夜中1時を過ぎても列車はまだこない。3時間以上の遅れで全員夜行寝台列車に乗り込む。
5日目:1月13日(木)アユタヤ
列車は遅れに遅れて早朝着予定が午後2時すぎ着、ソンテウでGHに入る。マイクロバスで、山の上の宝石加工場見学、そして寺院見学、眺望よろし。
夕食はソンテウでナイトマーケットへ。春巻き、うどんを食す。帰りは、メンバーと分かれて一人徒歩にてGHまで約1時間。運動不足解消。
6日目:1月14日(金)アユタヤ→カレン族村落
9時半集合、本日はトレッキング。少数民族村落に入るのでパスポートチェックがいるらしいが、前日に全員手続きを済ませてくれていたようで名前の確認だけでOK。
トレッキングは高尾山レベルだが、超肥満レディのため時間がかかり、夜になって集落に到着。
夜食に提供されたカレーはそれなりに美味しい。
夜は寒く、寝袋を借りるが、猛烈な動物臭。
7日目:1月15日(土)山岳民族村落
集落から下り30分ほどで象の集落着。昼食は野菜少々+インスタントラーメン。
象乗りは2人一組。約1時間。川沿いのコース。川をトラバースしたり、ゴロ石の道で、象くんもそれなりに大変。歩く速度は人間並み。
到着した集落でお泊まり&夕食。
8日目:1月16日(日)村落→チェンコン
朝食後に筏下り。筏の大きさに応じて、8名、6名の2組みに分かれる。竹で組んだ正真正銘の筏。裸足、立った状態でバランスを保ちながら川下り。途中アクシデントで半身ずぶぬれになるも、体勢を立て直し、ほぼ1時間の川下りを楽しむ。
川沿いの食堂で昼食。マイクロバスでチェンマイのGHに戻る。
午後5時マイクロバス出発、延々6時間。夜11時チェンコンのホテル着。洗濯&就寝
9日目:1月17日(月)チェンコン→パクベン
日本人である私のタイ出国は超簡単、出国カードを外されるだけ。舟で対岸のラオス入り。他のメンバーはビザ要につき、30分ほどを要す。
ソンテウで別の川岸へ移動し、舟に乗り込む。昼食は船内にてサンドイッチが提供される。途中モン族部落に立ち寄る他、舟はずーっとメコン川を下るのみ。
5時過ぎようやく目的地のホテル着。夕食は7時集合。
10日目:1月18日(火)パクベン→ルアンプラバン
朝食7時。8時半ふたたび同じ舟でメコンを下る。途中カレン族の部落に立ち寄る。観光客向け、ショールの展示が道沿いに延々と続く。
ルアンバプラバン着。ホテルに直行。夕食はホテルで各種カレーが提供された。美味しいです。
11日目:1月19日(水)ルアンプラバン
午前は寺院見学。午後はバスで1時間ほど、滝のある公園へ。この寒さの中で西欧人観光客が泳いでいる。ホテルへは夕方戻る。
夕食は一皿10.000キープ盛り放題の屋台を発見。たまたま前回のラオスで受け取った紙幣10.000キープを使用。
12日目:1月20日(木)ルアンプラバン→ビエンチャン
午後4時、飛行機出発まで自由時間。自転車を借りて市内を走り回る。昼食は屋台で調達したサンドイッチ。
13日目:1月21日(金)ビエンチャン
ビエンチャン観光。例のごとく仏陀のお寺3カ所。昼食は近くの屋台でサンドイッチ。わりと美味しかった。
昼過ぎにホテルに戻り、シャワーを浴びて休息。夜食はメコン川の通りにでて適当な食堂でスープ麺を食す。
14日目:1月22日(土)ビエンチャン→ハノイ
今日はハノイへの移動日。昼12時チェックアウト。ベトナムへ入るメンバーは5名、残りの9名に別れを告げる。
ツアーリーダーから手渡された航空券を手に搭乗手続きからベトナム入国審査まで、すべて自力行動。
ベトナムのツアーリーダーに交代、バスにてホテルまで。中心街に入り道路を目いっぱい占領するバイク群をかき分けて、そこのけそこのけバスは進む。
夕方6時ミーティングあり、総勢14人に。ほとんどオーストラリアからの参加者で老夫婦3組+3名。
ここでオーストラリアの超肥満男性(30歳前後)と相部屋になる。
15日目:1月23日(日)ハノイ
今日は寒い一日だった。ホーチミン記念館、戦争記念館、そしてお寺など見学。街中は迷路のようでとても出歩く気にはなれない。
午後にもツアーがあったが、パスした。夕食は顔合わせにつき、電話で呼び出され、ツアーリーダーのバイクに乗ってメンバーの皆さんに合流。
16日目:1月24日(月)ハノイ→ハロン湾
荷物を部屋に置いて出発。4時間近く走りに走って、マイクロバスはハロン湾着。
乗船後、昼食。島の形はもっこり山型、急峻な岩状で、人が住めるような島ではない。奇岩、造形の妙。ある島上陸、鍾乳洞みたいな大きな洞窟見学、その後カヌーを楽しんで、夕食。
船内泊、部屋は、シャワートイレ付き、エアコン完備。
17日目:1月25日(火)ハロン湾
朝食後、ある島上陸、ちょっとした山登り、ハロン湾を見渡す絶景地点。
早い昼食を済ませ、ハノイのホテルに戻り、列車にてニャチャンへ移動
18日目:1月26日(水)ハノイ→フエ
列車はよく揺れるし、遅い。昨日の11時発から12時間以上も走っている。外は小雨模様。
下車、王宮見学は途中で男性連が行方不明になって、リーダーは機嫌が悪そう。一日しとしと雨で時に滑る。団体行動の夜食はパスして、近くの大衆食堂でフォーを食べる。
19日目:1月27日(木)フエ
9時集合バスで王宮見学、舟で川下り。昼食、記念館見学、ホテルに戻る。
しとしと雨が昨日より強い。雨具、こうもり傘が役に立つ。天気が良くないので外に出てもおもしろくない。
夕食またもパスしてフォーを食べに行く。
20日目:1月28日(金)フエ→ホイアン
9時出発、途中、峠越えの自転車観光客を沢山見かけてうらやましかった。(そういう体を使うツアーが好き:バス移動&博物館見学にうんざり)
ホイアンに昼着。昼食は川縁のレストランにて。
午後、自由時間。気温は20度前後と暖かいが曇り空。小さな街である。
夕食は近くのレストランで焼きそば。
21日目:1月29日(土)ホイアン
ユネスコ関連施設を歩いて回る。午前中で観光は済んでしまった。
午後、自由時間でココナツ葉で草履編みして一足完成。
4時頃サンドイッチ、夜8時頃外出、ヌードルを食す。サッカーアジアカップ決勝戦日本対オーストラリア観戦に備える。
夜中12時過ぎ試合終了。勝ったよーー、優勝、うれしー。
22日目:1月30日(日)ホイアン→ニャチャン
飛行機による移動でニャチャンへ。ホテルでうたた寝、夕方に街散歩、旧正月らしい通りの電飾がすごい。
道ばたで草編みのバラとバッタを作っている若者を見かける。私のオリジナル草編み、クジャクを伝授。気温も夕方25度前後で俄然過ごしやすくなる。
ツアーメンバーは全員バーベキューに行くとか。夕食はひとり、ホテル近くの大衆食堂。久しぶりのビール、少し酔って気持ちいい。
23日目:1月31日(月)ニャチャン→ダラット
8時出発というのになかなか出てこない若い女性二人。旅にはこういう人が必ずいる。
バスは昼過ぎダラットに到着した。山越えのくねくね道。途中雨で土砂崩れの工事中。数分で通してもらえてラッキー。
道中、なぜかビニールハウスオンパレード、何か苗を育てているらしい。
昼食はホテルでもらった地図を頼りに10分ほど歩き、センター街の賑やかな露天にあったレストランでビールとチャーハン。帰りにミカン購入。
チャーハン大盛りで腹いっぱいにつき、夕食省略。
24日目:2月1日(火)ダラット
今日は一日自由時間。昼前ロビーに出てクジャクと草バッタを作った。
駅は歩いてホテルから湖沿いに歩いて30分ほど。蒸気機関車と客車数両が止まっており、観光客らしい外国人数名がホームにたむろしていた。しかし、切符売り場にも人はいない。売店もひっそり。駅前広場もだだっ広いだけの寂しい空間。
その足で、丘の上にある大学訪問。守衛さんに「入っていい??」「あいよ」の目配せ許可で中に入る。しかし、お休みらしく構内に人影はなかった。
そこからの帰り道クネクネ3差路、5差路で方向感覚完全麻痺状態。カンをたよりに歩き回ること1時間強、やっと見慣れた市場に出た。
ホテルに戻ってシャワーを浴び、夜食は橋を渡って向こう岸にある屋台へ。半袖で出たら超寒かった。ぬるいフォーだが、体が温まる。
25日目:2月2日(水)ダラット→ホーチミン
早朝6時半ホテル出発。ホーチミンへの移動は飛行機。昼前到着、市内観光、戦争博物館。うーむ、戦争も観光になってしまったか。
夜は運動がてら、ホーチミン駅方面へ歩いて行ったら、帰りに迷ってしまい2時間以上もさまよう羽目に陥る。結局タクシーでホテルに帰る。反省。
26日目:2月3日(木)ホーチミン
バスでやっぱり戦争関連施設。地下道、隠れ家、ホーチミン攻略ビデオなど。ベトナム戦争関係物を見せられると何か空しくなる。
夕食は通りに出て屋台を探す。車道からバイクがあふれて歩道を走る無法状態。気をつけないと跳ね飛ばされる。フォーに飽きたのでサンドイッチにした。
27日目:2月4日(金)ホーチミン
昨日結局お目にかかれなかったホーチミン駅を目指す。メインの通りから外れた路地を入ったところにありました。
切符売り場は2階。一人づつアナウンスで呼び出しがあり、窓口対応。広々とし部屋に十数名が座っていた。
明日、ベトナムで別れるツアーメンバーのための夕食会あり。カンボジア行きは11人に減少。3名は帰国。
28日目:2月5日(土)ホーチミン→プノンペン
ホーチミンからプノンペンへの移動日。
ツアーリーダーが代って、英語なまりがひどくてますます情報取得能力低下。舗装工事中で数キロの砂塵が舞い上がる凸凹路をひた走る。
夕方6時、ホテルでのツアー説明会で若い夫婦2名が加わり総勢13名になる。
夕食は近くの路上でサンドイッチ1ドルとマンゴー3個1ドルを購入。サンドイッチはホーチミンより大きくて美味しかったが、マンゴーはいまいち。
29日目:2月6日(日)プノンペン
お寺さん巡りとポルポト虐殺施設見学。しかしその説明がほとんど理解できないので単に残骸を見るだけ。これって何なんだろーと思う。
昼食はレストランにてチャーハン。ホテルにてお休み
30日目:2月7日(月)プノンペン→シェムリアプ
8時出発、途中は未舗装の道路もあって結構難儀した。
途中舟ツアーあり。下船した部落ではツアーメンバーが持参したお菓子やその他、ボール、おもちゃを配る。群がる子供たちに上から目線を感じて、抵抗あり。私も自作の竹トンボや指ハブなどをあげたが。
夜の8時頃ホテル着。夕食は途中で買ったミカンで済ませる。
ツアーメンバーの関係で、カンボジア入りからずっと個室、洗濯中、真っ裸でうろうろしても構わない。
31日目:2月8日(火)シェムリアプ
早朝5時半、夜明け前の出発。そのままアンコールワットを背景に上る日の出を見に行く。皆写真に夢中。
池後方の開けた広場で竹とんぼを飛ばして少し遊ぶ。日本人女子大生の二人連れとちょっと話をする。久しぶり、日本語の会話がうれしい。
遅い朝食を済ませ、午後アンコールトム辺りを散策。暑いし、日差しが強いので持って行ったうちわが大いに役立つ。
朝食でくすねたパンとバナナとミカンで夕食は十分。夜出歩くのは好きではない。ゆっくり休んで体調維持。
32日目:2月9日(水)シェムリアプ
朝9時出発。アンコールワット見学。上に上れば石造りなので時折風が吹いて暑さを和らげてくれる。見上げる石の尖塔には圧倒された
彫り物など伝統工芸館。劣悪な環境でがんばっている彼らに頭が下がる。
午後の自由時間でココナッツの葉でミニ草履を3足作った。添乗員といろいろ世話になった人にあげるため。
33日目:2月10日(木)シェムリアプ→バッタンバン
シェムリアップからバッタンバンへバス移動。
メンバーは、プノンペンから参加の夫婦と初期からのアイルラン人女性の4名に縮小。
昼食してお寺見学。宿に戻り自由時間。市場でサンドイッチ1ドルとマンゴー二つ。これは超美味しかった。
川沿いにある静かな街。夕方少年たちが川沿いの広場でサッカーをしていた。
34日目:2月11日(金)バッタンバン→バンコク
丘の上の石造りの寺院見学。数十段の階段を上る。
バンブートレイン。数キロにわたるほぼ直線ルート故、レールが曲がっていたりへこんでいたりがもろ見え。車輪の上に板をのっけた素朴なエンジン付きトロッコに搭乗6名。ガッタン、ゴットン、数十分のミニ乗車。単線なので車輪と台に分割してトロッコ交換作業。
村のレンガの焼き窯など、村内見学。
昼食後マイクロバスにて1時間ほど。ポイペットでパスポートチェック。出迎えの車を探し回り、ウロウロ。
ツアーメンバーは二人、出迎えのマイクロバスはバンコクまで走る走る。バンコク市内に入り、例のごとく渋滞にはまって延々3時間、夜8時過ぎホテル着。
35日目:2月12日(土)バンコク
10時ミントの妹君ニックがホテルまで車で迎えに来てくれた。ありがとう。
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